技術士受験のすすめ#3

 技術者は、わくわく感、使命感、プレッシャー(予算、納期、性能や品質など)、挫折、悲しみ、怒り、喜び、などの感情をコントロールしながら仕事に取り組みます。そのために必要なことを二つだけに絞るとすると、①技術者としての技量を高め続けること、②倫理観を保ち続けること、と私は考えています。今回は②の倫理についての独り言です。

 自動車メーカーのリコール隠しが原因で発生したとされた2002年に起きた横浜母子3人死傷事故で若い母親が亡くなり、大きな社会問題となりました。リコール隠しをした理由として、”リコールすれば莫大な費用がかかり、成績に響くので、関係部署から市場品質部にリコール回避の圧力がかかり、それに従わざるを得なくなった。”、”製造・設計・技術部門などで不具合の原因を作ったものは社内処分を受けるので、関係者はその処罰から逃れたがった。”ことが指摘されたそうです。当時はまだ小さかった子供の親として、一人の技術者として怒りを覚えました。

 2024/6に自動車・二輪車メーカー5社による量産に必要な「型式指定」の認証試験における不正行為が明らかになりました。上記の痛ましい事故を起こしておきながら、その後も自動車業界で不正が行われ続けているということに驚きを隠せません。不正をなくすにはどうしたらよいのか?

 1950年代にアメリカの犯罪学者ドナルド・R・クレッシーが提唱した不正のトライアングルという理論があります。個人が不正行為に手を染める際の心理的要因を、機会、動機、正当化の3つの観点からモデル化したものです。この理論では、不正は個人の道徳的欠陥のみでなく、環境的要因も複合的に影響していることを指摘しています。

1.機会
不正行為を行うための状況や環境のこと
・情報セキュリティ対策の不十分さ
・監視体制の脆弱性
・内部統制の不備

2.動機
不正行為を行うための心理的な要因のこと
・金銭的な利益
・昇進や昇給への欲求
・組織内で発生する圧力(納期、品質、コスト、など)

3.正当化
不正行為を自分自身に納得させるための理由のこと
・他の人もやっている
・悪いのは会社
・1回くらい大丈夫

 組織内で発生する不正については、A.不正に関わる個人の問題、B.会社法で定められている業務執行を監視する仕組みが機能していないという組織的な問題と、C.公益通報制度の仕組みが国民に周知されていない社会的な問題、等が原因として挙げられるのかな? と考えています。B.とC.について詳しく分析する知識が私には無いので詳しく考察することは出来ませんが、B.に関しては少しだけ。日本では、会社も従業員も終身雇用を前提とした組織と人材管理になっているため、同じ釜の飯を食べた人間同士で業務を監視して不正を正すことは困難ということは容易に想像ができます。波風を立てたくないとか、グループシンク(赤信号、皆で渡れば怖くない)による正当化は当たり前に起きるでしょう。

 大きな社会問題となる不正の多くは組織的に実行されています。ホームページを見ると”トヨタはあらゆる事業活動を通じて、豊かな社会づくりに貢献し、すべてのステークホルダーから信頼される良き企業市民を目指しています。”と書かれていました。最近の報道記事を集めると、このような企業理念を掲げながら、不正を行い、莫大な利益をため込み、下請けいじめをしている、ということです(個人的にトヨタ自動車に恨みがあるとか、そういうことは全くありません)。従業員はどのように感じているのでしょうか? それに関わってしまった(巻き込まれた)個々人には不正を止める力は全くないのでしょうか? 社内での昇進、評価や家族の生活に影響するから難しいという現実はあるでしょうが、技術者の立場で考えて行動できることはたくさんあります。法律などで定められた仕組みのもとでも、組織的な不正は無くなりません。一人一人が正しい倫理観を持って働く組織風土を作ることが出来れば、不正を減らせるのではないでしょうか? 

 日本技術士会の技術者倫理綱領をぜひ読んでください。そして、前述の不正のトライアングルにはまらないための自分なりの考えを持つことをお勧めします。